« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »

2009年7月

Déjà-vu じゃーない

先日のこと

仲間との一杯やりながらのおしゃべり

酔いがまわるにつれて、どんどん楽しくなっていかなければならないのに

その雰囲気を一気に壊してしまうような言動をしてしまうことがあった

あとでとっても後悔・・・したのだが、ああ覆水盆に返らず

これと同じようなことって前になかった?

これってデジャヴ?

・・・じゃーない

はっきりと覚えている

                 

学生時代のことだった

夏休みの1ヶ月、山梨と長野の県境にある山のふもとの民宿で住み込みのアルバイトをしていた。

ぼくのアルバイト最後の夜、寝食をともにしたアルバイト仲間5~6人がぼくのために送別会を開いてくれた

最初は思い出話などを楽しく語り合っていた

しかし、酔いがまわっていくうち、ある話題に過剰に反応したぼくの言動が、その場を居たたまれない雰囲気に変えてしまった

折角の仲間の好意だったのに・・・

翌日、別れの朝、思いがけず仲間から渡された一冊の小型のスケッチブック

1ページ毎に、みんなからの思い出が書き連ねてあった

駅までの長い一本道

振り返ると、見えなくなるまで、ずっと手を振り続けてくれた

ぼくは泣きながら歩いていたのかもしれない

毎日見慣れていたあの山が見えなかった

                          

そして、今朝のこと、すっかり忘れていたそのスケッチブックが、

この何十年、何回も引越しをしてきて、その存在すら忘れかけていたあのスケッチブックが

本棚を整理していたら、ひょっこり出てきた、まさにひょっこり

手に取り1ページずつめくっていく

そしてあの頃へ・・・・戻っていく

あの懐かしい思い出のなかへ

あの苦い思い出の送別会のなかへも

                         

これって、まるで3流青春小説のエピローグじゃあないか

でも、これはウソみたいな本当の話

                     

あのみんなの好意、楽しい場を壊してしまって、

ものすごく後悔して、何十年たったが、

また、繰り返し同じようなことをしている自分に・・・

そして、すっぱい味がよみがえってくる

Sdscf0490

| | コメント (1) | トラックバック (0)

この瞬間

夏の夕方、心地よい風に身を任せている

まさに この瞬間

空の青と 流れ往く雲の白を思い

赤い花の皿を擁いた少女を思い

M ・Gが歌う Pretend I don't exist を思い

自分の不甲斐なさ、ダメさかげんを思い

そして・・・・瞑想

こころ静める瞬間

| | コメント (0) | トラックバック (0)

皆既日食

今日、日本中、皆既日食で大騒ぎ・・・だった

もちろん、こっちは部分日食だったらしいけれど

その神秘的な体験はできなかったですねえ

雲め・・がジャマして

しかし、日(太陽)を皆な食べてしまうって・・・・

月の嫉妬心っていうの、すごいですねえ

でも、この時間(23:30)、太陽も、月も、仲良く? 地球の裏側

| | コメント (0) | トラックバック (0)

今週の水曜日は日食だって

今日は海の日、だったが特に何事もなく・・・・。

ところで7月22日は日食、それも皆既日食が見られるのは何十年ぶりとかで、沖縄の方の島では続々見物人が入島しているらしい。ぼくはこのことについてはそこまで熱心にはなれないなあ。

さて、ぼくの住んでいる地方ではどうなるのだろうか少し気にはなるが、曇り空だったら最初から太陽は見えないので、普段どおりのただの曇りの水曜日になってしまう。

まあ、忘れてて気が付かないまま終わってしまうのかもしれないが・・・・。

そして、これは偶然だが図書館に予約をいれていた平野 啓一郎デビュー作で1999年芥川賞受賞の「日蝕」の順番がまわってきた。まだ読み始めていないが、タイミングとしてはピッタシ。http://www.1101.com/iimatugai/index.html

そして、また、これも偶然だが、土曜日の朝TVに平野 啓一郎が出ていた。京都で開催される「ルーブル美術展」の紹介で。

海の日の今日、読みかけの小説「ぼくと1ルピーの神様」(スラムドック$ミリオネアの原作)読み、たまに音楽「ピアソラのタンゴ」を聴きながら、ゴーギャンの画集を眺めながら、窓から雲を見ながら、ときどきうたた寝しながら、なーんとなく過ぎていった。

そういえば午後はほとんど部屋にこもりっぱなしだったなあ。

そして、夕食後、先ほどからほぼ日刊イトイ新聞の「いいまつがい」を大笑いしながら見ている。http://www.1101.com/iimatugai/index.html

・・・・という、ごく平凡な、まあどうでもいいようなお話。

41zdj441mvl__ss500_

                               

どうです!、このレコードジャケット、いいでしょうscissors

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日本人として誇りに思うこと

ここのところないかと不甲斐ない日本のリーダーたちの迷走に、心も滅入ってくるが・・・

最近、とても心に響いたことがある

ひとつは、天皇と皇后のカナダ訪問のこと

小児病棟で歌った皇后の子守唄、とても優しい歌声

このような天皇・皇后を戴いた日本人として誇りに思う

もうひとつは、デザイナー三宅一生のニューヨークタイムズへの寄稿

自らの原爆体験に触れて、オバマ大統領に平和記念式への出席を呼びかけている

また暑い8月がやってくる

世界的に著名な日本人が、64年前にhiroshima、nagasakiでどんなことがあったのか世界中に伝えること

同じ日本人として誇りに思う。

・・・ぼくたちはなにもできないが

決してそれらを忘れないようにすることが、日本人としての最低限のツトメなのかな

090707_080616

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴーギャン展

我々はどこから来たのか

我々は何者か

我々はどこへ行くのか

090715__edited_3

人間の永遠テーマ

この絵がなんらかの答えを導き出そうとしているのか

やっぱり現物を観ないことには・・・・・・・・art

http://www.gauguin2009.jp/index.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カミーユ・モネ

ぼくは絵画については全くの素人

モネ、マネ、ルノアールの違いもよく分からないといったレベルである

そんなぼくが最近モネの画集を何回も眺めている。といっても、知っているのは睡蓮くらいだったが

しかし懲りずに何回も眺めていると、カミーユ・モネが描かれている絵をまるで恋をするように観るようになってきた。(「恋をするように音楽を聴く」(村上春樹)ではないが)

カミーユ・モネはモネ夫人

彼女モデルとなって描かれている絵を画集の掲載順に並べてみると・・・

1866年カミーユ(緑衣の女性)、1876年ラ・ジャポネーズ、1867年庭の女たち、1879年死の床のカミーユ・モネ、1868-69年夕食、1868年昼食、1870年トゥルヴィルの浜辺、18685-66年草上の昼食、1873年アルジャントゥイユのヒナゲシ、1873年昼食、1873年アルジャントゥイユの画家の家、1873年赤い頭巾モネ夫人の肖像、1875年散歩、日傘をさす女性、1875年庭のカミーユ・モネと子供、1871年瞑想、ソファに座るモネ夫人

1879年死の床のカミーユ・モネ、白いベール(光を受けてやや茜色に)に包まれた夫人の死に顔、どんな想いで描いたのか?

1866年カミーユ(緑衣の女性)、1876年ラ・ジャポネーズ、ちょっとすましたポーズの緑衣のカミーユ、日本の打ち掛けの着物を着た得意げなポーズのカミーユ

1873年アルジャントゥイユのヒナゲシ、ひなげしの花が咲き乱れた丘を下るカミーユと子供、空には白い雲

1873年昼食、花々が綺麗に咲いている庭での昼食後、午後の日なたと日陰、白っぽいドレスのカミーユ、ベンチには畳まれた日傘

1875年散歩、日傘をさす女性、丘の上の日傘をさした少し憂いの陰を宿したカミーユと息子のジャン

(こんな感想文にもならないような拙い文章で恥ずかしいが・・・、特にぼくが好きになった絵)

・・・・・ぼくのモネの絵を観る目が変り、印象も変っていく

おそらく、見る側(ぼくの)のココロの変化も絵の印象を変えていく要因のひとつなのだろう

090704_103106_2 

| | コメント (1) | トラックバック (0)

感受性

クラシックギタリストの荘村清志が「アランフェス協奏曲」をデビュー40年にして初めて録音したとの新聞記事(7/10朝日夕刊)が出ていた

最近の村治佳織、木村大、大萩康司などの若手ギタリストにかくれてあまり名前を聞かなくなっていたが・・・・

ぼくが学生の頃、長髪、甘いマスクの新鋭ギタリストとして人気があった

そしてその記事のなかで、「年をとって遊び心を知り、力が抜けた。これからの人生、もっともっとギターと遊びたい」「年をとると感受性が鈍るというのはウソ。若いときより今のほうが世界がきらめいて見える。・・・・・・」と語っている

まさに、そのとおり、ぼくも(もっとも荘村清志さんとはレベルは違うが)、年をとってきた今の方が、音楽を聴くにも、小説を読むにも、絵画を鑑賞するにも、映画を観るにも、また草花から風景を鑑賞するにも、若い頃より、もっときめ細かく、もっと豊かに、さらにいうともっと艶かしく、自然にココロを開いて、これらを感じることができるような気がする

この感受性をもっともっとこの身いっぱいに膨らませていき、世界がもっときらめいて見えるようになりたい

Sdscf0198_edited

| | コメント (1) | トラックバック (0)

耳をすませば

耳をすませば

    遠く走る終電と誰かのあくび

耳をすませば

    月夜の砂浜に打ち寄せる波と巻貝の寝言

耳をすませば

    彦星と織姫のアディオスとMilky Wayの流れ

耳をすませば

    迷いの森で彷徨っているぼくの足音

そしてもっと、耳をすませば

    花たちのおしゃべり、そして誰かのため息

090703_065752

| | コメント (1) | トラックバック (0)

そして日曜23時

今日も朝から蒸し暑いcloud

そんな午前中、散歩がてら読み終わった「グレート・ギャツビー 村上春樹訳」を返却に図書館へ

途中の公園では巣立っていったツバメたちが盛んに飛び交っていたが、もうなんと一匹の蝉の鳴き声が

図書館で、スイングジャーナル、芸術新潮、他文芸誌をチェック。室内はエアコンで心地いいのでみなさん朝から図書館通いですね

そして「藤沢周の焦痕」と「モネ作品集」を借りる

お昼まで モネの画集を眺めながら、Melody Gardot MY ONE AND ONLY THRILLを聴く

(あるときは耳元で切なくささやくように、あるときはウキウキとひたすら可愛く、あるときは・・・・)

午後から、もう公開終了間際の映画「天使と悪魔」を観に

原作と微妙に変えてあるが、テンポがよくて、見所もうまく描いてあって、映画としては大変面白かった

ただ、誰が天使で誰が悪魔なんでしょうか?

帰宅後、夕方まで、練習するたびに下手さ加減がましてきて、もういやになりかけている、ギター初心者向けエチュードを性懲りもなく練習する

30年以上使っているメトロノームの調子が少しおかしいので、CRC 5-56をシュッ、シュッ(掛け過ぎでベトベトにcrying

そしてすぐに指が痛くなりちょっと休憩・・・

もう、こうなれば、 Melody Gardot MY ONE AND ONLY THRILLを・・・・・

夕方から、sun、久々に西の空がすこしだけ茜色に

夕食後、天地人を見て、読みかけの吉田修一の短編「グリンピース」(なにかヒリヒリするような恋愛物語)の続きを

それから、就寝前に、Melody Gardot MY ONE AND ONLY THRILLを・・・・・

   ・・・・・・・・・・

   kiss me now don't ask me how cause

   Baby I'm a fool who think it's cool to fall  (in Love)

・・・・そして日曜23時

Sdscf0487

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2009年6月 | トップページ | 2009年8月 »